毛利レリーフでしかできない彫塑スタイル

弊社は新潟県長岡市にある町工場です。経営理念として「時流に先んじた研究と新たなる創造」を掲げ、 「夢・イメージをカタチに」をビジョンにする「機械加工技術しんか継承型」企業です。

その新たなる創造の一つがデジタル時代の彫塑スタイル・毛利レリーフです。

毛利レリーフに関わるスタッフをご紹介します。

課長 加藤 孝俊

加藤孝俊

弊社のレリーフ制作は2000年から始まりました。

当時、人物レリーフは似せるのに苦労して困難を極めました。似せるのは困難だと 理解しました。

しかし2002年にる長岡造形大学鋳金学科を卒業した加藤が入社し、レリーフを担当し、各方面の協力と研修を重ねながら、弊社の「工業工芸品」という理想に向かって努力しています。

加藤課長の造形大学で培ったデザイン力とモノを作る技術力がなければ現在のレリーフ事業は成功しなかったと思います。

レリーフ制作を進めながら、一品ごとにテーマを決めてデザインを施し、装飾部を含めて総合的に仕上げる試みがデザイナー黒崎氏の企画協力の下に進められ、作品全体の見せ方を追求してきまし、同時に細部の表現技術の向上にも努め、生きた表情を得るために必要な眼部の造作、その立体データ生成に必要なプロセスを特に研究して制作を続けています。

その成果が第34回創作メダル彫刻展大賞受賞という形につながった思っています。

加藤は「私の思いはそれ自体が独立して鑑賞できるモノとしての見せ方を 追求することにあります。 」「私はこの技術をレリーフ制作という枠に留まら ず、機械加工という技法を用いた彫刻と呼べる域 まで昇華させたいのです。そしてその時こそ思い 描いた「工業工芸品」という理想に近づくのかも しれません。」と語っています。

会長 毛利 豊

毛利 豊
毛利 豊

1998年の「ケルト美術展」でケルト民族が作った金貨の造形美に会いました。

ケルトコイン

私のこの瞬間の心の震えが運命であり、 「毛利レリー フ」につながるロマンの始まりでした。

故河島英五が作詞作曲の「よぼよぼじいさん」の一節に、 “♪古いものの中にすばらしい古さが、古いものの中にすばらしい新しさがあることを教えてくれた先生・・♪”と ありますが、ケルト金貨はまさにその示唆でした。

巧みな人物の図案化 が群を抜いていたからです。

柳宗玄氏は“工芸品ゆえ、まず実用品と しての形がありそれに装飾主題がうまく融け合って、視覚的音楽ともい うべきケルト独特の形を創出した”と書いています。ロマンとは、その 金貨を現代の技術で作りたいとの思いです。

私のわがままな念願「想い」から始まっ た「コト」が、多くの人に愛され慕われる「モノ」となり、プレゼントにも値する商品・製品となるよう努力を続けます。(会長談)

社長 毛利 聡一

毛利聡一社長

人物レリーフで似せるための研究と努力。加藤課長とともにこのテーマに長い時間を費やしてきました。

毎日、県央のファインデータ社に出向し「凹凸の厚さ選定」「加工方向で の見え方の違い」「ボールエンドミルの工具Rでの違い」などを通し、写真に似るように研究しました。

さらに新潟でたまたま「日本顔学会」が開催された際には、それを聴講して「人間の平均顔」「化粧による見え方の違い」などを学びました。レリーフ制作を骨格から考え、眼球の肉付けの発見、形状を化粧のようにしてよりよく表現する方法を考えるようになったのは現在でも非常に役立っています。

2007年にはNAZEイノベーションプロジェクト事業で「人間の視覚特性(錯視)を応用した金属表面切削の高品質化の開発」を採択して頂き、少ない凹凸でも人間の錯覚を用いて表現できるかを研究して、「如何に写真に 似せる」だけではなく、「写真通りではなくても、良いものに見せる」という観点からの作成方法も確立しました。

このように会長のロマンから始まったレリーフ事業も着実に進化を続け、毛利レリーフでしかできない表現力を有したと自負しております。

今後も更なる努力を続け、お客様の期待に応える、更には期待を上回るレリーフ製作を行ってまいります。

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